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green fuse


2013年04月04日(木)

[遺跡]光吉

現場の近くに石碑

大小2本の石碑がある、大きいほうは明治水路の完成を記録したもの。

もう1本は「従此川中西臼杵領」とある。

江戸時代、旧稙田村は臼杵領・延岡領・府内領に分割領有されていた、光吉はこの三藩の接する要に位置していたため天領となった。

此の石柱は臼杵領の境を示すためのものだが、此の場所には文化財として移築されたもの。

此の辺りが肥後街道、七瀬川の7番目の瀬であった、清正公がココを通って鶴崎に向かった。