2013年10月01日(火)
■ [畑]ユンボガス欠
雨上がりのよい天気、
ゴーヤはもう少し、
小さい実がたくさん。
キュウリはもう終わり、トマト、ネギなども収穫。
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グミの葉についている虫の卵?は、なんだろう。
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調べました:「オオトリノフンダマシ」の卵でした。
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栗は17kg、拾うのに腰が疲れる。
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枯れた松を伐採、掛かり木になるのでユンボで押し倒すのだが、途中でガス欠、
ディーゼルをガス欠してはいけないのだが、油断してつい・・・
軽油(¥136-/L)を買ってきて約40L入れました、
噴射ポンプの前のネジを緩めて、ストレーナーの前のレバーを動かして燃料を送ります、かなりしっかり送ってやらないとエンジンが止まってしまいます。
何とか回復しました・・やれやれ。
2013年10月03日(木)
■ [そのほか][芸術]草間弥生展
7月12日から始まった草間弥生展、いよいよ10月20日までと終りに近くなった。
TETさんご夫妻をさそって観に行きました、一部の部屋は撮影可です。
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会場で安心院の金森さんとお会いしました、前回はテオヤンセン展(2011,09,22)のときにも偶然お会いしましたが、長い開催期間の中でしかもこの時間に見に来るのは単なる偶然とも思えません。
お嬢さんはキレイな娘さんになっています。
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たいへん楽しい絵です、単純な赤い水玉にこれだけエネルギーを集中、維持し続ける作者に力強さを感じました。
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http://togech.jp/2013/05/24/1658
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■ [これは旨い][器]ごまめ
感動していたらおなかがすきました。
セーノに載っていた民家カフェに行ってみました、
「gomame(ごまめ)」こういう店は男だけでは入れません、
店に入ると案の定女性ばかりです。
ランチ・・これは共通で、
メインが選べます、私はタイ風カレーにしてみました。
味は普通ですが、民家の中でなんだか落ち着く雰囲気です。
町内のお知り合いの奥さんが娘さん、お孫さんとみえていました。
サラダの入っていたカップはflannel(フランネル)、北欧風ですが国産です。
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2013年10月04日(金)
2013年10月05日(土)
■ [そのほか]高崎山ベンツ
行方不明になっていた高崎山のC群ボスのベンツ、
駄ノ原球技場近くで保護された。
35歳、人間の年にすれば100歳超えだがまだまだ元気、やはり仲間と一緒に暮らすのが一番とのことで山に返されたが、群れに受け入れられるか心配だったが、今日の新聞でC群のボスに復帰したとのこと・・よかった。
私も段々高齢化して、なぜかこのニュースが気になった。
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■ [遺跡][地域]図書館で古地図
久しぶりに県立図書館へ行き、
昔の地図(字図)を閲覧、
昭和9年発行とある。
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まずは大道旧道、刑務所があり北側の角が欠けたようになっているところが私の本籍地、親父が結婚して小松醤油屋の借家に住まった折に本籍地もココにしたそうだ。
大分駅の上方にある裁判所は今の太陽家具、大道小学校の右上の水道課は現在大道公民館。
同じところを昭和30年代の地図と比べると、刑務所がなくなっています。
本籍地は太陽商事、今は朝鮮銀行(?)です、向かい側は消防団友達の松尾理容、水道課にロザリオ工場が併設されていますが後に下郡に移転した「精工社」ですね。
下のほうの「旅館住友支店」は間違いで「旅館住吉支店」、オヤジの弟のシゲおいさんがやっていた木賃宿。
こちらも参考にhttp://blog.hisano6.jp/20121017.html#p01
ついでに大分駅前、日銀はパルコになり現在解体中、吉村薬品もここにあった、その向かい側に小野建と並んでいるのが「住吉ホテル」、オヤジの兄、シンおいさんが経営していましたが今は小野建とともにパルコの駐車場。
駅前から下郡に抜ける道は工藤旅館のまえで止まっています、工藤旅館は移転してビジネスホテルクドウで現在も営業中、
30年代の地図は合同新聞発行。
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さて昭和9年の田室

東田室と西田室に別れていて線路より北側の川(黒塗りの部分)までが田室ですね、ただしわが家はありません、
下(南側)は現在の穴吹マンション横の道までで、ココまでが勢家、その下側は駄の原になります。
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こちらが我が家の部分です、(この図は右が北なのでご注意)ココを購入したのが昭和11年頃、黒い部分が毘沙門川です、三角の1148番地がありますが現在はわが家とKAさん、FUさん(FUさんは隅っこの土地も購入)にわかれています。
大分高等小学校は今の王子中学、
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次は春日浦、(左が海・北です)
大分県師範学校があります、井出さんのお父さんはココの卒業です、その後師範学校は連隊あとに移転し大分大学学芸学部となり、跡地は大分球場になり現在はフレスポ。
中央付近に「王子社」若一王子神社ですが境内を道にとられたようです。
電車通りの下が別府側ですが「西光寺」とありますが現在寺院はありません、ここの住職が仏崎の崖に南無阿弥陀仏の文字を彫ったそうです。
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次に西大分、方位が前のと反対で上が別府方面、海が右です、
カンタンのところが「宝崎」と表記されています。
大分・別府間のの7崎の1つです。
2013年10月06日(日)
2013年10月08日(火)
■ [畑]台風対策
台風24号は今年最高の強さで接近中・・、
ということで安心院の台風対策に来たが・・意外と穏やか。
栗はゆっくり拾う時間はないので、とりあえず殻ごと集めて軒下で選別。
小雨の中9.5kgほど拾えました、そろそろ収穫は終わりかな。
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巨大になっている、トースターで焼いて食べたが水を吸いすぎていた。
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ミツマタにキノコが、
名前がわからないが、うすいピンク色、食べられそうな感じだが、身元がわからないものは食べるわけにはいかない。
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※調べました:「ウスヒラタケ」でした、食べられるのですが、食べられない「スギヒラタケ」がよく似ているとのことで、も少し確認してからでないと食べるのはおあずけです。
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2013年10月10日(木)
2013年10月11日(金)
2013年10月12日(土)
2013年10月14日(月)
■ [祭り]ケベス祭り
国東「岩倉八幡宮」のケベス祭り、
祭りに参加する人はまず「潮かき」をして清めます、
19:00からお祓いをうけ、神主がケベス役に面をつける。
錬楽(ねんがく)笛、太鼓のあとを
ケベスが行進し、差又(さすまた)を持って庭火に突進するが、トウバが止めに入り取っ組み合い、
3回目は止めないでケベスが火をかき回す。
9回目にケベスが火に向かうとトウバも一緒になって火をはねる、
見物人に火がかけられ、
会場は大混乱、
JINさん、直撃。
熱ちィ、
シダの束で出来ている。
20:30頃、200束のシダ束がなくなると太鼓の合図で終了。
お土産買って帰りました。
たいへん面白かったです。
2013年10月17日(木)
■ [自動車]古いカタログ
引き出しの奥から古いカタログが出てきた。
私が20歳(1966年頃)のときに給料3年分全部つぎ込んで購入したヤマハYM1、当時高性能だった250cc(軽自動車版)YDSのボアアップ版で自動二輪の305ccのものです。
本田ではCB72が高性能版で大人気でした。
2サイクルでブオーという給気音がなんともいえない魅力でしたね。
これより少しあとのマイナーチェンジ車が3億円事件の偽白バイに使われていました。
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それより更に古い(1960年代)
ベンツのカタログ、自動車の全車種が載っています。
バス、トラック、消防自動車と乗用車、エンジンもありますね。
当時は大分ヤナセが出来る前の時代、「岡本自動車」が代理店、カタログには別府観光港前となっていますが、私がこのカタログを頂いたのは当時国道10号線だった大手町に会社がありました。岡本自動車は現在下郡工業団地でクランク研磨をしていますね。
縦目のセダン、300SL、ウニモグなど、どれも当時は家一軒建つほどの値段でした。
2013年10月19日(土)
■ [建築]島根2
朝7:00より食事
バイキングです、出雲そばもいただきました。
今日の午前中は松江城を中心に見学、
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レンタサイクルを¥300-で借りて出発。
松江地方合同庁舎、
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朝日新聞、
警察署
県庁舎、
松江城、木造の天守閣、
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小泉八雲旧居、武家屋敷です。
同上玄関。
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塩見縄手の武家屋敷を見学。
同上北側。
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11:00、分科会参加のYさんと別れて、
松江歴史館で出雲蕎麦を3人で食べました。
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隣のホーランエンヤ保存館を見て
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塩見縄手に戻り
田部美術館へ
菊竹清訓の設計で昭和54年11月3日に開館。
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自転車を飛ばして
島根県立美術館へ
ココも菊竹清訓の設計、
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隣にある島根県医師会館
どう見ても白井晟一の松涛美術館・・だが、作者不明。
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3:00から大会式典に参加
高松伸設計の「くにびきメッセ」
来賓あいさつ、三井所清典会長
来年の開催地、福島の代表。
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高松伸設計のこの建物の
この部分、芸術かお金の無駄遣いか?。
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我々3人は大交流会に参加しないので
町で豚シャブを食べました、松江とは何の関係はありませんが、ソバに食べ飽きただけ。
土曜日の街では祭りの前夜祭で大きな太鼓が打ち鳴らされて祭り気分最高潮・
お城の中ではライトアップと灯篭。
コーヒー飲んで帰りました。
2013年10月20日(日)
■ [建築]島根3
今日は7:30出発、食事は6:00から。
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バスで1時間、出雲大社に着きました。
縁結びのお社は長蛇の列、
鳥居をくぐり
二礼四拍手一礼でお参りします。
足元には出土した3本柱の位置が表現されています。
ココが記念写真の撮影ポイントです。
遷宮された本殿をバックに記念撮影(中には入れません)。
建物の大きさは写真では表現できませんが、
千木の大きさはこのあと実感できます。
結婚式の行列です、いい感じですね。
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出雲大社庁の舎、菊竹清訓の設計です
両端部の階段コアに50mのプレストレスト棟梁を2本架け渡し、
その棟にPCの方立を立てかける形で構成される、大胆な構成と繊細な細部をもつ。
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次に急いで
島根県立古代出雲歴史博物館へ
槙文彦の設計。
出土した3本束ねの柱。
復元模型、様々な説があるようですが、この大階段の本殿ロマンがあります。
さてこれが解体修理で取り替えられた千木(チギ)、長さ8.3m、幅も62cmあり、勝男木(カツオギ)も長さ5.45m、径67cm、重さは700kgもあるそうです。
こんな大きいものが屋根の上に載っている。
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あわただしく見学して次の目的地へ出発。
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石見銀山へつきました、
菓子屋
旧河島家
重要文化財・熊谷家住宅
座敷
地下収納、隠し部屋。
ココもあわただしく過ごして、お昼ご飯もとれない。
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2:30ころ中国道の安佐SAでラーメンとおにぎりを食べました。
壇ノ浦SA、17:45、これからやっと九州に入ります。
大分駅前に帰り着いたのは予定より1時間遅れの21時になりました。






