2010年12月09日(木) 戦後65年経ちました。
■ [戦争遺産]高城の戦争遺産
韓国・北朝鮮の銃撃戦など世界では物騒な戦争が終わらない。
元々動物でも植物でも強いものが弱いものを駆逐して生き残ろうとするのは人間でも変わらない。
世界中の人間みんなが幸せに暮らすには資源や食料が足りない、贅沢をしたいために生きるために戦うのである。
日本ではTVショッピングでも食べても太らない低カロリーの食べ物や、太った人がやせるためのサプリメントが盛んに宣伝されているが、食料が足りて太りすぎるなどと言う贅沢を言えるのはごく少数の先進国のみだ。
そんなニッポンも戦後65年経ち戦争を知る機会は余りないが、注意してみると戦争の名残がある。
高城のジャスコの南側に「トラットリア・マンジャーレ」という美味しいピザのお店がある。
その店の後ろが崖になっていて、
なにやらトンネルが・・・、
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そう、このあたりは太平洋戦争中に「第12海軍航空廠 高城発動機工場」があり、その時の 防空壕 や 地下横穴工場 があった。
と言っても私が直接知っているわけではない・・が、戦争中 学業を捨て 青春を捨てて工場で勤労奉仕した学生の手記「あヽ紅の血は燃ゆる」という本がある、版画家の寺司勝次郎先生が代表編集者でその頃のことが生々しくつづられているがその中に。
臼杵の新名さんが昭和19~20年頃この工場に動員され、その時の記憶を元に同期生の寺司先生が描いたイラストがあるが、そこに工場や防空壕が詳しく描かれている。
ジャスコの向かい側のパチンコ屋さんが建っている所に、数年前まで百人力焼酎の工場があったが、そこは戦時中の工場がそのまま残っていて入口の大きな鉄の扉には機銃掃射の跡が残っていたのを覚えている。
戦争の悲惨さを伝えるのに残したい、せめて写真でも撮っておこうと思っていた建物だったが、ある日解体されてパチンコ屋さんになった。
ただその鉄の扉だけは残った、解体業者の厚意で近くの護国神社に展示されているので見たことがない人は一度ご覧ください。