2011年03月01日(火)
■ [そのほか] 第五福竜丸
昭和29年(1954)3月1日 ビキニ環礁で 水爆実験が行われた。
その規模は広島の原爆の1,000倍という、島が3つ吹っ飛び、あとに直径1,800mの穴が出来た、大分の宇佐にも 爆弾で出来た池 を保存しているがこれは直径10m。(直径1,800mというと約254ヘクタール、安心院の我が家6,000㎡の424倍!!)
ビキニ環礁の東方160kmで操業中の第五福竜丸に死の灰が降り、乗組員23名が被爆、
9月23日、無線長 久保山愛吉さん(当時40歳)は「原水爆の被害者は私を最後にして欲しい」との言葉を残して亡くなった、広島長崎の原爆からまだ9年の頃である。
焼津港に水揚げされたマグロから大量の放射能が検出され、廃棄された魚は457トンに及んだ、当時我が家ではマグロなど高級魚は食べていなかったが「原爆マグロ」という言葉は今も耳に残っている。
アメリカの法的責任は不問にされ慰謝料200万ドル(約7億2000万円)で政治決着、しかし第五福竜丸乗組員には1人あたり200万円しか渡らなかったらしい、残り6億7,400万円はどこへ消えたのかな?。
昭和22年に建造された第五福竜丸は総トン数140トン、全長約30メートルの木造漁船で、被爆後東京水産大学の練習船に改造され、昭和42年(1967年)に廃船となり夢の島に廃棄された、
その後保存運動が起こり、昭和51年(1976)6月10日に「東京都立 第五福竜丸展示館」が開館した。
第五福竜丸について書かれたHPもご覧ください。
http://www.asahi-net.or.jp/~un3k-mn/0815-atmic.htm
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/daigofukuruumaru.htm
TouTubeのニュースhttp://www.youtube.com/watch?v=__vm9JrEWaE
今でも核兵器は世界中にたくさん存在するが、殺し合いの無い世界は出来ないのだろうか?
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■ [これは旨い] つるやの甘酒饅頭
第五福竜丸の暗い話を切り替えて、
やっと「つるやの甘酒饅頭」を買うことができました、まだまだお客さんは多くガードマンが駐車場の整理。
番号札を渡されて待つこと10分、順番が来ました、「1人30個までにしてください」と張り紙がしてある、心優しい奥様はあとの人に配慮して、10個だけ頂きました。
パッケージは以前のイメージと同じ、
10個で¥350-大きさはかなり大きくなっているが以前の1個¥20-より75%ものアップだ、人気があるのはわかるが、あくまで庶民の饅頭であって欲しいものだ。
甘酒麹の香り、ふわふわの食感は以前通りで、2人(とハッピーにも少しだけ)で10個は あっという間になくなりました、・・・・やはり美味しいです。
順番待ちがいつまで続くのでしょうか、美味しいのは確かだが、異常ですね。